第28回 転院って自分でするもんなんですね

いよいよ入院二軒目です。

もう一軒いきますか?てなもんです。
当日の朝、最後の食事を終え、会計をすまし、荷物をまとめたらもう後は出口へ向かうだけです。最後の病室は6人部屋でしたが、入れ替わりも多く、カーテンも締め切りで隣がどんな人かもわからない状態なもんですから、とくにあいさつもありません。さっぱりしたもんです。
「頑張ってください!」・・・なんてドラマのような見送りがあるわけでもなく、廊下でですれ違う看護師さんなど「あれ?どっかいくの?え、転院?」くらいの認知度でそれはさみしいもんでした。万歳三唱くらいしてくれてもいいのに
最後の手続きを終えたカミさんが車を玄関に回してくれる間、1人ガラーンとした玄関で借り物の車椅子に乗ったままじっとしてました。
1月中旬、人の出入りで自動ドアが開くたびに冷たい風が入ってきて、ぬるま湯生活で寒暖に鈍感になっていた自分は久々の外の世界の厳しさをひしひしと感じていました。
「転院先までは自力でなんとかしてください」とのことだったので、車椅子を自家用車に横付けしてカミさんの手を借りながらズリズリと乗り込みました。セルフ搬送です。
それまで「転院」なんて単語、まるで外国語のように感じていましたが、それでもなんとなく「救急車や介護タクシーみたいなもので移動する」んだろうと思っていました。まさかの放置的リリース「さ、山に帰りなさい」と言われた、人に育てられた野生動物の気持ち
どないしろっちゅーんじゃい。世の中甘くない。
北川景子先生(仮)に教えてもらったように、まずは痺れてない左手で車の手すりを握り、右脚を車に乗せて・・・と、考え考えやろうとしましたが、筋力も衰えた不自由な手足ではその程度の事もうまく出来ず、結局いも虫のように這いずってなんとか車に潜り込みました
「景子先生、前日に時間外にもかかわらず丁寧に教えてくださったのに、うまくできずにすみません。」
ドラマチックなことは何もないまま、いよいよ車が出発です。
めちゃくちゃリアルなバーチャル映像を見ているようでとても気持ち悪かったです。
車が左右に曲がるときの回転に、頭も心もついていかない感じ。
どんどん後ろへ流れていく景色の情報量に自分の壊れた頭では処理しきれず、オーバーヒート気味。自分の周りでなにが起きてるのいま?って感じ。
更に錯視で寄り目状態のため、対向車が来るたびにこちらに突っ込んでくる錯覚に陥り、何度となくウワっと身体を硬直させました。
一時帰宅の事もあり、厚手のクッションを敷いて「縦揺れ対策」もしてくれてたんですが、それでも上下左右の激しい揺れに最後は目をつぶってただただ時間が過ぎていくのを我慢するしかありせんでした。
最初に救急車で搬送された時は「外が見えなくてつまんねーの」なんて思っていましたが、見えなくて正解でした。
人間は本当に超高性能な精密機器です。
景色の流れ、視界に入ってくる看板・標識・信号・対向車・前後左右の車・バイク・自転車・歩行者など、それらの膨大な情報を瞬時に把握し、予想し、判断し、行動する。
すごいぞ。ホモ・サピエンス。
みんなもっと自分に自信と誇りを持っていいですよ。みんな何気なく凄いことしてるんですから!
歩くの一つとっても、まず両脚でバランスをとり、次に片脚に全体重を載せて、片脚でバランスを保ったまま、反対の脚を出すと同時に前方に体重移動をし、尚且つスムースに反対の脚に体重を載せ替え、更にもう一歩を踏み出す。
その間にも、路面の状況や前方の様子を確認し、障害物があれば避け、進む方向を頭の中で考えながら、時折すれ違う美女にも目をやり、ガムを踏んづけたらムーンウォークで路面に擦り付け、壁があれば二段蹴りジャンプでひらりと乗り越えられる・・・のはジャッキーチェンだけかもしれません。
これだけのこと、いや、時にはそれ以上のことも同時にしてるんですから。
みんな誰しも「選ばれし2億分の1」です
そんなこんなで、ひたすらガマンの30分がすぎ、ようやっと新しい我が家、いやいや病院についたのです。
「ちわーやってる?」と暖簾をくぐると、「こちらへどうぞ」放射線を浴びに連れて行かれるのでした。
つづく
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シリーズ~脳出血~
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