第29回 病室の質の違いに戸惑う中、妖精と出会った

シリーズ~脳出血~
転院先に着き転院の手続きを済ませた後、CT検査、診察と続いたんですが、CT画像をみたお医者さんの一言目が、
「君よく生きてたね?」
お医者さんが普通そんなこと言います?縁起でもない!
まあ、出血の跡が直径5cmくらいあったそうなので、普通それくらい脳幹部に出血があったら人は死ぬようです
どうやらわたしは人ですらないようです。これがほんとの「ひとでなし」
そのお医者さんに、「一度死んだ細胞は生き返らない。でも周りの細胞が補おうとしてくれるので少しずつ良くなるでしょう。リハビリ頑張って。」と言われました。
診察が終わって、車椅子で病室へ向かいました。
いよいよこれからの新生活、新居のお目見えー・・・!
・・・エレベーターの扉が2Fで開いたところで「アレ?」と思いました。
なんだかレトロな雰囲気・・・懐かしい小学校の学び舎、というか三丁目の夕陽?昭和?林間学校の宿舎?
長い廊下は床がテカテカの緑色で、白い天井にはむき出しの蛍光灯が点々と並び、4人部屋の病室が等間隔に並んでいます。
昔ながらの無機質な白い壁はまるで絵にかいたような病院!・・・当たり前なんですが。
廊下や病室の天井についている、昔ながらのむき出しの蛍光灯。
古い公園の公衆便所のようなタイル敷きのヒンヤリしたトイレ
病室のベッドに着いてみるとカーテンで仕切りはあるのですが、仕切りをまたぐように蛍光灯が配列されているので仰向けで寝ると、まぶしい!!
すぐにアイマスクを買ってきてもらいました。
それから収納がゼロ!
ベッド毎に可動式のベッドテーブルが付いてるのがあたりまえだと思ってたのですが、それすらない!戸棚やイスもない!
つまり、一人一人に割り当てられてるのはベッドのみ。テレビ台は貸してもらえましたが、ほんとにただテレビを置くだけの台なので、荷物は置けません。テレビカードも前のとこよりも高いのでテレビどかして荷物置きにしてました。
バッグなんかはみんな床に置いていました。
いくら毎日清掃しているとはいえ、「それでいいの??」と思いました。
食事も冷たく、エレベーターは寒く、共同トイレからアンモニア臭が漂い、空調は強・中・弱の三段階のみで暑かったり、寒かったり。
敷地内にカフェどころかコンビニや売店すらありません。外に出ても畑が広がるだけ。ここは何かの収容所か?ほんとに何もありません。せいぜいロビーに自販機があるくらい。
最新鋭の医大民間病院を比べるのもいけないんでしょうが、あまりの落差に衝撃を受けました。
前日までは、病室は間接照明で丁度よい空調。収納・冷蔵庫付きテレビ台・ベッドテーブルにクローゼットやタンスまであり、トイレもキレイな個室で、自由に使えるシャワールームや洗髪台もあり、食事は温かく、メッセージカード付き。カフェやコンビニ・売店に美容室まで院内にあり、日常生活には困りませんでした。
「今までが恵まれすぎてたんだ・・・」とこの時はじめて理解しました。
お城のお姫様が初めて城下町へ出て、庶民の暮らす家々を見て、あらこれは犬小屋かしら?と言いたくなる気持ちが分かりました。
職員さんはみんな良い人でしたけどね。癖のある方々が多くて面白かったです。
リハビリの理学療法士さんも北川景子先生(仮)のことは知っているようで、リハビリの時に、「あそこの病院だったら北川先生いますよね?」と聞かれ、
「はい!担当してもらってました!リハビリ中にシャックリ止まらなくなってて笑いましたよー!」と、いきなりネタにさせてもらったおかげで会話も弾みました。
この頃は痺れもめまいも最高潮で、ちょっと立ち上がっただけで眩暈で倒れそうになり、リハビリどころではありませんでした。
北川先生にも会えなくなり、リハビリの先生は男性ばかり。病室もグレードダウンで、天井の蛍光灯も朝晩不規則に強制オンオフされ、体調も優れずテンションガタ落ちでした。
回復期病院ということで、歩ける人も多く、ケータイで仕事の電話してたり、自由に歩き回ったり、退院に向けてわりと元気な方が多かったです。
その点、フラフラで寝てばかりの自分にはそんな人たちと交流する気も起きず、カーテンも閉めっぱなしで引きこもってました。
「前の病院に帰りたい・・・」
・・・退院という言葉が出ないくらい病んでました(笑)
そんな日が過ぎ、新たにリハビリが追加になり、新しい担当の先生がやってきました。
現れました。女神が。
いや、小柄なビーチの妖精でした。
小麦色に焼けた肌。
小柄ながらすらっとした手足。
クッキリした目鼻立ち。
後ろで束ねた黒髪。
小柄でかわいいこの先生は、北川景子先生以上に笑いを提供してくれることになります。(笑)

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