第55回 妖精ちゃんと腹筋

だいぶ身体も動かせるようになって、病室からリハビリ室まで歩行できるくらいまで回復してきたころ、腹筋メニューも加わりました。これは、口周り・ベロ・喉・腹筋と、しゃべったり、飲み込んだりする筋肉を、まとめて鍛えられるとても効率の良いトレーニングなのです。腹筋と言っても回数を数えるようなものではなく、寝転んで頭を上げた状態をキープして秒数を計り、それを数セット行うのです。初めは10秒を1回やっただけで、頭がガンガンして意識朦朧になりました。そんなときは妖精ちゃんのひざ枕でやさしく介抱・・・なわけもなく、ひたすら横になったまま落ち着くのを待ちました。血圧なども計りますが、まあ落ち着いたもんです。

ある日、べろべろ体操を終え、ベッドやリハビリ器具が並ぶフロアへ移動して腹筋をやることになりました。

「じゃ、このベッドに仰向けで寝転んでください」

言われるがままに寝転ぶと、妖精ちゃんもすぐ脇に腰掛け血圧を計ってくれました。ほんの20~30秒ですが、腕をとり血圧計を取り付け電動エアーポンプが作動して血圧が表示されるまでしばし無言状態が続きます。しゃべると血圧が上がるので安静にしていないといけないのです。腕に血圧計を巻き付けないといけないので、体のすぐ側に腰を下ろす形になります。そのときは頭側に腰を下ろしていたのもあってすごく近く感じました。いや、実際近かったのです。

妖精ちゃんを見上げる形になりました。血圧計を持つ手の甲はメモ書きだらけで黒くなり、おそらくボールペンの芯をだしたままポケットに出し入れしたであろう黒い筋が白いシャツを汚し、前ポケットには「そんなにいるか?」と言いたくなるほど何本もペンやらなんやら入ってパンパンになっています。平らな胸元越しに見える顔を下から見上げているので、鼻の穴の中までよく見えます。小麦色の顔はとても真剣な表情をしています。

「はい、血圧は問題ないですね。じゃ早速10秒いきますね。よーい、どん」

今にも走り出しそうな掛け声とともに頭を上げ、心の中でカウントします。膝を立てて頭を上げ、両手は祈りをささげるザビエルのようにクロスして胸に当てます。目はへそのあたりを見ながら、呼吸を止めないようにゆっくり息を出します。息を止めて気張ると頭に血が登り、脳の血管に圧力がかかってしまうのです。よくマンガの怒った表現でコメカミに血管が浮き出てるのがありますが、あれってよく観察されてますね。正しいです。なので怒ることは頭によくないと思います。

そして腹筋を頑張ってたのですが、(10秒長いな・・・息も苦しいし頭もグワングワンしてきた・・・もうだめ!!)と、思ったそのとき、

「あ、数えるのわすれてました。ごめんなさい・・・」

・・・またやられました。もう、しょうがないな、こいつぅ~!ごめんね、テヘペロ。・・・とはなりませんでしたが、ん~もう!にくめないやつめ!かわいいからゆるすっ!とまあこんな感じで毎日辛いリハビリ生活を送っていたのです。

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